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徒然想
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遊び心を、・・・良質の遊び心を・・・!
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タイトル 日 時
ふるさと
ふるさとの山に向かひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな ...続きを見る

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2008/11/25 11:42
神さま 仏さま
 僕のような無心信者が宗教について云々するのは僭越である。僭越なんだけれど、ほんのちょっとだけ宗教について記すことにする。積極的に記す気はないんだけれど。  思うに、日本人は、個々人の生き方に関しての平安や救いについて仏さまに期するところが大きいように思われる。一神教の国では、生活の繁栄も個々人の安心立命も自然の恵みも神に祈り、神に感謝する。  古代インドの悠久の大地で成立した(と思われる)、途方も無い大きいスケールの輪廻の宇宙観は、小さな島国たる日本にはそれ程根づかなかったように思う。むし... ...続きを見る

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2008/11/24 11:19
レンジャク
 昨日、寺の庭の木を眺めていたら、目の前10メートルと離れていない木に見慣れない鳥がとまった。小太りの体に長い冠羽、尾の先が赤色っぽい。レンジャクだっ!と推定した。かつてはよく見られた渡り鳥である。平地の田園や都会の広い庭などにも群をなして現れたが、近頃ではめっきり数が減ってしまった。近くで見るのは二回目である。一回目は、何と僕の前の棲家だった。が、そのときは直ぐに飛んでいってしまった。昨日は2分ほど(?)眺めることができた。  レンジャクで思い出した。もう十五年以上前になるが、先輩で本読みの... ...続きを見る

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2008/11/23 11:09
冬蜂の・・・、うとうとと・・・
 今日は僕の連れ合いの父の十三回忌に出てきました。電車の中で読もうと思って村上鬼城の句集を持参しました。  お寺での法要では住職が命日を間違え、参列者はカンカンでした。ま、とにかく法事は終わりました。  ついでに僕の18歳年長の実姉が週に二回デイサービスを受けている老人ホームを、実姉が入所して以来はじめて訪問してきました。案外に元気な様子でしたが、歩行の力が落ちたと言っていました。  法事に列席するのが目的だったのですが、もう一つの大きな目的がありました。これまた僕の連れ合いの母の最期をど... ...続きを見る

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2008/11/22 19:38
注意され切れない。
自分の専門に 立て籠もった場合の頑固さ、 専門外に手を延ばした場合の生半可さ、 この二つは、いくら注意しても、 注意し切れない。 (ゲーテ『箴言と省察』より) ...続きを見る

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2008/11/21 09:46
「ショックの頃を覚えていますか?」
 「ショックの頃を覚えていますか?」と題して、新聞に宣伝文句を掲載しているのは日本原子力文化振興財団である。曰く、「休日にガソリンスタンドが休業し、テレビの深夜放送が自粛されるなど、エネルギーの消費量を減らす努力が行われました。これは1973年の中東戦争をきっかけに起きた石油ショックのときです。その後、わが国のエネルギー事情は石油備蓄の強化や原子力の導入などによって改善されましたが、現在も海外に頼っていることに変わりはありません。中東情勢が不安定の中で、あらためてエネルギーの安定確保について考え... ...続きを見る

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2008/11/20 11:03
系統樹
 落葉樹は七割がた葉を落としている。毎年葉を落とす訳だが、二ヶ月もすると芽吹く。一枚々々の葉の命は短いが、木は無数の葉を次々と生み出し実を落としながら何十年、何百年、ときには何千年も生きる。一つの個体でありながら、同時に種としての普遍を表現しているとも言える。アメーバから人間までの生物学的進化を示す、幾つにも枝分かれした「系統樹」という図があるのも、そうした木の命の相からヒントを得たからかもしれない。  一枚の葉も、よく見れば、木全体の縮図にも見える。橡でも欅でも椿でも、よく見ると、その葉柄か... ...続きを見る

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2008/11/19 11:16
イチョウ(銀杏)
 僕んちの近くのイチョウが黄葉し始めた。今年は紅葉・黄葉が遅いようだ。子供の頃、親戚の寺にあったイチョウの老木の周りで遊んだ覚えがある。盛り上がった根に乗って乳房(という言葉は後で知ったのだが、)に飛びついて、転んで足をくじいたことがある。その老木は何故か後年伐採されてしまった。  イチョウは雌雄異体。晩秋にイチョウの実がたわわに実る。実といっても果実ではない。果肉のようなじゅくじゅくした部分は種子の皮にあたる。独特の臭気を放つこの皮に含まれるイチョウ酸で皮膚がかぶれる。かぶれたら痒い。  ... ...続きを見る

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2008/11/18 11:15
埋もれ木
 僕んちのすぐ近くに、歩いて5分とかからないところに鎮守の杜がある。人気が無く、常緑樹で覆われている杜の境内をそぞろ歩きしていると肌寒く、ついそこまで冬が来ているように感じられる。鎮守の杜とは鎮守の神を祭った森である。森は神のすむところであり、非日常の世界である。子供の頃、山の神行事で、夜中に小高い山を松明を掲げて歩き回った記憶は僕の心象風景の原点と言ってよいかもしれない。グリムの『ヘンゼルとグレーテル』や『赤ずきん』などの物語は森に踏み入って始まる。小さくとも鎮守の森が近くにあることは有り難い... ...続きを見る

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2008/11/17 11:20
オオカミ
 ホームページの掲示板で興味深い話を提供してくれるパンダさんは、子供の頃、巨大な百足を飼育したそうだ。彼は百足だけではなく、山で様々な動物と遭遇し遊んでいる。しかし、オオカミには出会ったことはないはずだ。約100年前に姿を消したと言われているから。  芭蕉が旅をしていた頃、オオカミは熊とともに山野に生きる猛獣として恐れられていた。その前はどうかと言うと、古来、オオカミ(山犬)は人語を解して善人を守り悪人を害する聖獣と信じられたり、山の神の使いとして「御犬様」の名で信仰の対象ともなった。邪気、火... ...続きを見る

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2008/11/16 11:24
「心の礼儀」
心の礼儀というものがある。 それは、愛に似ている。 表面の礼儀の感じの良さは、 そこから自然に溢れ出るのである。        (ゲーテ『箴言と省察』より) ...続きを見る

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2008/11/15 11:14
市場主義
 フランシス・ベイコンの四つの偶像の一つ「市場の偶像」は、市場で激しく飛び交う短い言葉の氾濫に由来する誤謬を鋭く指摘したものである。  20世紀最後の発明とも言われることのある公衆電話カードに取って替わって、今世紀に入って携帯電話によるメール交換が氾濫している。このメール交換の社会的常識的な慣用は、その利便性の故に必ずしも悪いとは思わない。ただ、そこでの短文の常用によって、長文で表現し考えるという文化の素養が軽視されているのではないか。この軽視の原因は、メールの打ち手にあるが、この原因を作り出... ...続きを見る

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2008/11/14 11:19
尾崎一雄『虫のいろいろ』
 尾崎一雄という作家についてはいつか記すことにするが、この作品は小説というよりもエッセイの名作の一つだと思う。そこに描かれているのは、生活者の目線で書かれた哲学だと言ってよい。生きるということはどういうことなのか。虫であれ人間であれ、生きるものにとって自由とは何であるのか。こういう根源的な問いかけが作者自身の日々のなかで行われていて、読者に深く染み透ってくる。言うまでもないが、ここには哲学用語は見つからない。それだからこそ見事な哲学の営みを記したエッセイである。  この作品が文庫本から消えて長... ...続きを見る

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2008/11/13 10:44
雑木林
 僕のひ弱な文学遍歴の最初と言えるものは、独歩や蘆花の随筆だった。この二人が見出したのが、雑木林の美しさだった。ツルゲーネフなどのロシア文学にも負うているのだが、それまでの日本人が殆ど見落としていた雑木林を、美しいものとして、心を動かすものとして、初めて積極的に認めたのだ。これは一つの心象革命と言ってよいと思う。  松や桜や梅、また杉や桧と違って、せいぜい炭焼きの材料にしかならない雑木林にその美をたたえることはなかった。  蘆花と独歩が、明治30年代、つまり明治維新という政治革命から30余年... ...続きを見る

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2008/11/12 11:14
「いわんや悪人をや」
 「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。」  ホームページの掲示板に一日三度阿弥陀様に手を合わせているとの書き込みがあった。信心のない僕ではあるが、親鸞の思想の核心を知りたくなり、昨晩、『歎異抄』を読み、肝心のところを不十分を承知の上で意訳してみた。 ...続きを見る

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2008/11/11 11:40
「本屋のレジから」
 ミニコミ誌に面白い投稿があったので、多少編集を加えて転記しておきたい。 「私が本屋のバイトの虜になったのには大きな理由がある。これは初めは分からなかったことであったが、本屋に居ると人の人生が垣間見られるということである。例えば金曜日、土曜日にお客さんが多い。きっと週末に本を読んで過ごすのだろう。クリスマス前にはラッピングを頼むお客さんが多い。おじいちゃんが『小学一年生』や絵本を探している。かわいい孫へのプレゼントなのだろう。『ゼクシー』という結婚情報誌を買っていく若い女性には、心の中で「おめで... ...続きを見る

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2008/11/10 10:51
「人間の価値」
 民芸運動を始めた柳宗悦に朝鮮の美をそれとなく教えた浅川巧が亡くなり、朝鮮の土となったのは、昭和六年四月二日である。浅川の死に接した安倍能成は次のように追悼した。  「巧さんは、官位にも、学歴にも、権勢にも、富貴にもよることなく、その人間の力だけで堂々と生きぬゐていつた。・・・朝鮮の為に大なる損失であることはいふまでもないが、私は更に大きくこれを人類の損失だといふに躊躇しない。人類にとつて、人間の道を正しく勇敢に歩んだ人の喪失ぐらゐ大きい損失はないからである。・・・巧さんの生涯は、カントのいつ... ...続きを見る

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2008/11/09 11:08
コマーシャルです。
 「音のない戦争」と呼ばれているHIV/エイズの蔓延は、過去20年の間に、戦争で亡くなった人の10倍以上もの人命を奪いました。現在、世界でHIVの感染者は4200万人に達し、さらに毎日1万6千人が新たに感染していると推定されている。  これまでに、1400万人の子供が親をエイズで失いました。このままいけば、2010年には約倍近い2500万人の子供が親をエイズで亡くし孤児となると推定されている。「エイズ孤児」となった子供たちは、いわれのない差別を受け、村からじゃまもの扱いされ、ときには親が残した... ...続きを見る

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2008/11/08 11:00
里山への憧憬
 都市の中、あるいは近郷に山林は無理でも、里山はある方がいいと思う。かつては日本の至る所にあった里山。  先だって買った本によると、里山とは、比較的小規模な森林と草原と湿原という3つの要素から成り、人間の手によって緻密につくられ、比較的狭いところにある環境である。そんな環境で生きもの達がその間を行き来する。沢山の生きものを棲まわせる環境である。  そんな里山を守ったり再生したりすることは、今となっては難しいことだろう。国立公園のように人の立ち入りを制限して管理することはできない。あるいは、住... ...続きを見る

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2008/11/07 11:33
分からぬ。
 カキは牡蠣と、何故こんな難しい漢字を当てるのか。『大辞林』で調べたが要を得ない。参考までに「かき」の項を引用しておく。  「イタボガキ科の二枚貝の総称。左殻はよく膨らんで海中の岩などに付着し、右殻は割合に平らでふたのようになる。殻の表面には薄い板状の生長脈が発達する。肉は美味で、各地で盛んに養殖が行われる。食用とする主な種類にマガキ、イタボガキ、スミノエガキなどがある。殻は肥料や養鶏飼料とする。」  カキは何故「牡蠣」なのか、分からぬ。  当然のことではあるが、分からないことの方が圧倒的... ...続きを見る

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2008/11/06 11:02
牡蠣
 僕は牡蠣をよく食する。旧職場の食堂で牡蠣フライ定食を食べて、帰宅して夕食にまた偶然にも牡蠣フライということもあった。それでも全く飽きない。と言っても、そんなに何度も牡蠣フライを食べる訳ではない。  牡蠣は世界中で食べられているそうで、ローマ帝国時代に既に養殖されていたという。「 r のつく月の牡蠣を食せ」という言い伝えがある。英語の月名に r がつく秋冬になると、牡蠣のグリコーゲンや各種のアミノ酸が増えて旨みが増すからだそうだ。  牡蠣はその栄養価の高さから、周知のように「海のミルク」とも... ...続きを見る

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2008/11/05 17:35
木枯らし
 童謡「たきび」で、たきびをしている場所はどこだったかというと、山茶花が咲き、木枯らしが吹く寒い道だ。山茶花が咲き始める季節と木枯らしが吹き始める季節とはだいたい同じ頃なのだ。  冬の初めの、北または西寄りの強い風を木枯らしという。その年の最初の木枯らしを「木枯らし一号」と呼ぶ。ものの本に依ると、東京に木枯らし一号が吹いた日の平均日は十一月八日。この日は偶然にも立冬(毎年十一月七日か八日)と一致する。平均日というからには、早い年には十月下旬に、遅い年には十二月初旬に木枯らし一号が吹く。  あ... ...続きを見る

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2008/11/04 10:19
時雨
 徒然想を記すようになってから、季節の移り行きに敏感になったような気がする。毎日毎日そんなに記すことがあるはずもないので、自ずと季節についてなけなしの知識を本で補いながら記すということになる。  日本海側や京都盆地、岐阜、長野、福島などの山間部では、十一月初め頃、急に空がかげったかと思うとシズシズと降り出し、短時間でサッとあがり、また降り出すという雨がよくある。これが時雨である。  この時期、勢力を増した大陸性高気圧のため、北西の季節風が吹き始め「木枯らし」となる。これが中央脊梁山脈を吹き上... ...続きを見る

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2008/11/03 11:32
「歩きながら考える」
 古い本を読んだ。笠信太郎『ものの見方について』。1950年刊行のこの本で著者は戦争中、新聞社の特派員としてフランス、ドイツ、イギリス、スイスなどに滞在。それぞれの国民の「ものの見方」を社会、経済、政治と結びつけながら解き明かし、そこから敗戦国日本の生き方の指針を探ろうとしたした本である。  「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す。そしてスペイン人は走ってしまった後で考える。」  これはかなり有名な文章である。この三者の内で著者が望ましいと考えたのは、「歩きながら考え... ...続きを見る

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2008/11/02 11:04
秋・音色の流れのような詩
 霜月一日。秋たけなわです。想い出すのは「落葉」という上田敏訳ヴェルレーヌの詩。 ...続きを見る

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2008/11/01 11:20
原発コストC
 原発の使用済み核燃料の再処理など、核燃料サイクルを前提にした原発の後処理費用に18兆9千億円かかるという。気の遠くなる金額である。さらに、最終処理には数万年という管理が必要だとのこと、これもまた気の遠くなる話だ。  ところで、日本の核燃料サイクル事業とは、使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、再利用する事業のことだ。高速増殖炉で使う予定は95年の「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故で停止した。国や電力会社は当面、プルトニウムをウランとの混合酸化物(MOX)燃料に加工して原発で使うプル... ...続きを見る

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2008/10/31 09:54
原発コストB
 さらに巨額の後処理費用の大半を電力会社が負担すると、競争上不利との見方もある。「自由化の中で膨大な原発コストを回収できるか? 原発をもつこと自体がリスク要因になる時代に入り、株価にも影響を及ぼす。」とも言われる。  一方、放射性廃棄物の最終処理には数万年という管理が必要で、費用の負担も長期にわたる。このため電力業界には「数万年は企業の負担を超えている。原発の恩恵は誰もが受けているので、後処理も広く薄く負担してもらいたい」と、新規事業者や政府にも引き受けを望む意見が多い。  しかし、経済産業... ...続きを見る

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2008/10/30 10:30
原発コストA
 発電単価は、99年に政府の総合エネルギー調査会(当時)原子力部会の試算で、原子力が5、9円、天然ガス火力が6、4円、石炭火力が6、5円、石油火力が10、2円とされた。原発の発電単価に後処理費用を織り込むと、6円台前半になるとみられる。  経済産業省や電力業界は、一貫して「原発の発電コストはほかの電源より割安」とし、原発推進の拠り所としてきた。だが、後処理費用を上乗せすると、原発の経済優位は薄らぐ。  電気事業連合会は、中東依存度の高い石油と比べ、ウラン燃料は安定して調達できることや、二酸化... ...続きを見る

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2008/10/29 11:08
原発コスト@
 (03年に切り抜いた新聞記事から。温暖化対策で原発の効用を再認識しようという情勢がある。原発について考える材料としたい。)  原発の使用済み核燃料の再処理など、核燃料サイクルを前提にした原発の後処理費用が、総額18兆9千億円になるとの試算を電気事業連合会が公表した。電力業界や政府は、天然ガスや石炭火力発電に比べ原発の発電単価は割安としてきたが、後処理費用を加えるとコストの優位が薄れることになる。  試算は再処理工場が06年から40年間操業することが前提。後処理費用18兆9千億円を、この期間... ...続きを見る

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2008/10/28 10:58
『往生要集』中、死の看とり
 昨日は久しぶりに日本の古典を読んだ。大部の本だからほんの一部ではあるが。源信の『往生要集』(985年)。この本は後の浄土思想に大きな影響を与えたそうだが、その核心は「臨終行儀」である。それは往生のしかた、つまり死に方と死の看とり方についての考え方である。そこには、まず病人は無常院という建物に寝かせ、仏像から垂れ下がる五色の布の先を握らせ、仏に導かれて浄土に往く思いが生じるようにはからい、そして念仏の大切さを説き、とりわけ臨死者をケアする看病人の心得をこまごまと説いている。例えば看病人は「病人の... ...続きを見る

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2008/10/27 10:37
紅葉
 今年は紅葉が遅れているらしい。今夏の猛暑は熾烈を極めたが九月に入ってからの残暑はそれ程ではなかった。その後は夏の暑さは消え、涼しい日が続いている。ところが、紅葉に適する程には寒くならない。温暖化が原因だとの指摘もある。  草木の葉が黄(紅)変するのは、アントシアンという色素が葉中に形成されることによって生じるが、それは四季にわたり、例えば、春の終わり、常緑樹に新しい葉が出る時、古い葉が黄変して落葉する。しかし日本の秋の紅葉が特に美しいのは、その気候や地形が紅葉に適した条件を整えているからであ... ...続きを見る

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2008/10/26 10:56
美、 それは、考えたり反省したりせず 直接、人間が気にいる いっさいのもの つまり気高い調和である。                ゲーテ『箴言と省察』より ...続きを見る

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2008/10/25 10:35
故里は歌とともに
 僕は神戸生まれなのだが、気がついた時は山里に居た。その時は既に父は不帰の人であった。四人兄弟姉妹の末っ子で、しかも長姉とは18歳も離れて生まれたらしい。兄や姉が亡き父のことをパーちゃん、母(今は故人)のことをマーちゃんと呼んで会話をしていたのを記憶している。してみると、僕が生まれた前後以前の僕の家族は神戸の地でモダン・ファミリィだったらしいと思われる。  ところが、遅れて生まれた僕は炭焼きもしていた山里で一日中遊んで暮らした。そんな僕の故里のことどもを何かで象徴的に表すとすれば、「村祭り」と... ...続きを見る

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2008/10/24 11:02
秋の暮
 僕は現代俳句にあまり関心がないが、大方の人々と同様、西東三鬼の句にはハッとさせられることがある。 ...続きを見る

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2008/10/23 10:57
おでん考B
 家庭で旨いおでんを作るには次の点に留意したい。(実際には留意しない事も多かろうと思うが。)  さつま揚げやゴボウ天というような練り物は熱湯をかけて油を抜く。また、鶏肉などを入れる場合は(僕ちでは入れない)、お湯をかけてから水にひたし、余分な脂を除いておきたい。旨いおでんは下ごしらえが肝要である。  大根は厚めに皮をむき、面取りをしてから、米のとぎ汁で茹でると形崩れしににくなる。コンニャクも一度茹でるのがおすすめ。また、いつもとはひと味違うコンニャクを味わいたいときは、茹でた後に表面を軽くご... ...続きを見る

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2008/10/22 11:05
おでん考A
 ところで、料理の味付けで、しばしば「関東風」「関西風」なる表現がある。これは通常、醤油の濃淡を指し、一般的に関東風は濃い口、関西風は薄口の醤油を用いることからそう呼ばれることが多い。  おでんにも関東風と関西風があるのだろうか。一般的に関東のおでんは鰹ダシをベースに濃い口醤油で味を整え、関西では昆布ダシに薄口醤油で味つけすると言われる。そこから、関東風、関西風と呼ばれるているようだが、元々、大阪には具を醤油で煮込むという習慣はあまりない。醤油はあくまで最後の香りづけとして用いられてきた。 ... ...続きを見る

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2008/10/21 19:17
おでん考@
 そろそろおでんが美味しい季節の到来。或る食品メーカーによると、昨年食べた鍋料理のトップは「おでん」。99年にすき焼きを抜いて以来、連続でトップ。年代別でも、20代〜50代のすべてで一位。おでんは、国民食という感すらある。  おでんという言葉のルーツは田植えの際に五穀豊穣を祈り奉納した舞い(田楽舞)にあるそうだ。竹馬に似た一本の高足(鷺足)に法師が乗り踊ったとされる舞いである。その舞いに因んで、鷺足を串に、法師を豆腐、田を味噌になぞらえたことから、「豆腐田楽」が生まれたのは、足利時代末期のこと... ...続きを見る

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2008/10/20 11:17
死についての言葉拾遺
・ あたかもよくすごした一日が安らかな眠りを与えるように、よく用いられた一生はやすらかな死を与える。(レオナルド・ダ・ヴィンチの手記) ・ 死ぬことは恐ろしくでっかい冒険だろう。(バリー『ピーター・パン』) ・ 生あるものは必ず死す。この世を経て永劫に赴くのは人の世の常というもの。(シェークスピア『ハムレット』) ・ 悟りという事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きて居るという事であった。(正岡子規『病牀六尺』) ・ 死んだ... ...続きを見る

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2008/10/19 09:23
良寛さん
 昨日は一日ボーとしておりました。退職後の金曜日はボーとする日のようです。例によって、そこいらにある本を斜め読みしておりました。中に、良寛さんについて記したところに目が行きました。良寛さんは子供の頃から名主の昼行灯と言われ、阿呆のように見られていたそうです。その阿呆の意味が良寛さんの場合、世間の人々が謂う意味とは違うらしい。世間では、世間に通用しない者を阿呆と謂い、通用する者を利口と謂う。良寛さんにとっては世間から阿呆呼ばわりされることを寧ろ是認する気こそあれ、利口者などと言われると有り難くなか... ...続きを見る

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2008/10/18 11:31
材木はどこから来るのか?
 数年前の資料ですが、現在もそれ程には変わっていないと思われる危惧すべき問題の一つがある。あるいは少々の変化はあったかも知れないが。  熱帯雨林の伐採問題が取り上げられるとき、決まって話題になるのが、材木の最大の輸入国である日本の姿勢である。日本の南洋材輸入先のマレーシア、インドネシア、フィリピン、パプアニューギニアでは、商業用の木材の伐採が森林破壊の最大の原因になっていると言われている。  日本に輸入される材木の約40%が南洋材と呼ばれる熱帯材で、今ではその70%がマレーシアで伐採されてい... ...続きを見る

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2008/10/17 10:03

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