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徒然想
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遊び心を、・・・良質の遊び心を・・・!
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タイトル 日 時
終末期医療のあり方B
 二重結果の原則とは、良い結果を目的とした行為であるが悪い結果を伴うことが予想されている場合、次の条件の下で、行為を倫理的と認める原則である。  @行為自体が倫理的に不適切であってはならない。  A良い結果のみが意図されており、悪い結果はただ予想され、仕方の無いこととして許容されているのみでなければならない。  B悪い結果を介して良い結果をもたらすものであってはならない。  C悪い結果が予想されるにも拘わらず、行為遂行を選ぶに足るだけの理由がなければならない。  例えば、副作用が予想さ... ...続きを見る

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2008/09/07 09:28
終末期医療のあり方A
 例えば多くの抗癌剤は、それが癌を叩くことによって、患者の延命やQOLの向上に資するが、一方で、患者に様々な苦痛という副作用もたらす場合が多い。しかし、副作用があるからといって抗癌剤を投与しなければ、患者に益をもたらすであろう治療を放棄することになる。あるいは、母体の生命を救うためにやむをえず人工妊娠中絶をするというとき、それは母体の生命を救うという益とともに、場合によっては胎児の生命が終わるという害を伴うかもしれない。しかし、だからといって、妊娠中絶をしなければ、母体の生命を救えない。(ここで... ...続きを見る

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2008/09/06 10:49
終末期医療のあり方@
(この夏、自身に課したテーマに関して考えたことを連投する。) ...続きを見る

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2008/09/05 11:37
説明責任
 大物政治家の辞任の言い訳は、「説明責任」と訳されるアカウンタビリティの重さを示すこととなった。  この翻訳には違和感がある。経過を充分に説明し、その結果について責任を取ること、ないしそもそも説明できないことをしてはいけないということ、アカウンタビリティという言葉にはそんな厳しさが込められている。「説明責任」はそんな厳しさの半分しか伝えていないし、説明さえすれば事足れりとなりかねない。事実、不祥事を起こしても、口先の説明だけで居座った経営者や政治家は多い。  この言葉の元である「アカウント」... ...続きを見る

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2008/09/04 10:43
陽の光させば、
 「陽の光させば、泥水だって美しく輝く。」(ゲーテ『箴言と省察』より) ...続きを見る

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2008/09/03 11:11
長塚節『土』
 ん十年も前に読んだ長塚節の『土』を急に読みたくなって、ロッカーの中からやっとこさ探し出して、読んだ。漱石が娘を嫁がせる際に持たせた本がこの『土』であったというエピソードがある。  「烈しい西風が目に見えぬ大きな塊をごうっと打ちつけては又ごうっと打ちつけて皆痩こけた落葉木の林を一日苛め通した。木の枝は時々ひゅうひゅうと悲鳴の響を立てて泣いた。・・・」  精緻な自然描写で始まる『土』には明治の終わりの貧農の暮らしが描かれている。楽しい読み物ではないこの小説は、自然と人間、農業と暮らしについて困... ...続きを見る

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2008/09/02 11:08
 今月は中秋の名月の月。十五夜の月の別名は「芋名月」。団子とススキ、里芋などイモ類を供えて満月を観る。僕は芋好きではないのだが、この行事を僕ちでは続けている。じゃじゃうま達が芋好きで、供える日を待っている。「芋名月」と呼ぶのは季節毎の収穫祭と結びついていると思われる。こういう祭は無くては寂しい。  中秋の名月は秋の長雨と重なり雲に隠れることが多いそうだ。よく見えると、月面の陰影がウサギのように見える。こう見えるのは何故か、中国、インド、モンゴル、日本においてだそうだ。  ところで、月と太陽が... ...続きを見る

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2008/09/01 16:59
或る編輯後記C
○十一月号の編輯後記より  敗戦の痛苦は、いまやっとはじまったばかりである。・・・  一人の義人あるなし、戦いの直前にかく嘆じたわれわれは、この惨憺たる敗戦の今日、再び同じ嘆きを発せずにはおれない。到る所に見る頽然たる人心の荒廃と麻痺なり。  われらは天下の声に和して、率然と「自由」に晏如(アンジョ)たるを得ない。あふれ出るわれらの涙で洗い清め上げられた「自由」を、幽かに光りと仰ぐものなり。 ...続きを見る

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2008/08/31 09:46
或る編輯後記B
○十月号の編輯後記より  三月号以後の空白、この間の感慨はことさらにこれを省略したい。四月号は編集終了直後五月二十三日印刷所で焼失、ただちに代行印刷所を選定しその再編輯もほとんど成ったところで終戦の御詔勅を拝受した。終戦と同時に急遽立上って作製されたものが本号である。  「日本人の大半は一度として自由を拘束されざる出版というものを経験した事がないのである。従って厳重な監視下にあった出版が民主主義的な特権を享受する出版へと移行するのは容易な業ではなかろう。日本の編輯者は各自が印刷するものについ... ...続きを見る

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2008/08/30 10:03
或る編輯後記A
○三月号の編輯後記より  われわれは今こそ前線に繋がる悦びを持つ。グラマンの跳梁を抑えて大空を乱舞する友軍戦闘機群の爆音。校正室の窓ガラスをビリビリ震わせて咆哮する高射砲の轟き、そして異様なる音響をたてて落下する銃弾に破片――これが戦場でなくて何であろう。今まで銃後と前線との緊密さについて、しばしば口に叫ばれ筆に書かれたが、それらの言葉が真実であればあるだけ、それの伴う実感には時に空白なるもののあるのは否定し得べくもなかった。銃後国民の本当の肚(ハラ)の底から出るべき決意と行動が、いつの間にか... ...続きを見る

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2008/08/29 10:01
或る編輯後記@
(『昭和二十年の「文藝春秋」』)という新書版の本を買った。この年「文藝春秋」は4月から9月まで発行されていない。発行された分の編輯後記に関心をもったので、引用する。) ...続きを見る

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2008/08/28 10:17
僕のボーの起源
 僕は気が向けば何分でもボーとしたままで居ることが出来る。ボーの起源という程の事ではないが、僕のボーはいつ頃から始まったのか記憶を辿ってみた。  僕は下宿生活を11年間している。その下宿の最初が西行庵という所だった。西行庵というのは全国に幾つもあるが、僕が下宿した西行庵が本当に西行が棲んだ所かどうかは分からない。ただ、西行を祀る小さな社があり、その前に何代目かの西行櫻が植えてあった。勿論、その社に下宿したのではない。その社の世話をする民家の一部屋を借りた。その民家が手のこんだ建物で、茶室つきの... ...続きを見る

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2008/08/27 09:57
DDT
 1950−60年代に、ドジョウやメダカ、ホタルなどがどんどん姿を消した。しかし、社会の関心は、人の命に直接かかわる水俣病などに向かった。それは或る意味で当然のことであった。何故なら、環境問題の観点から農薬を問題視する風潮はなかったからである。曲がった手や足のしびれや不自由な身体活動を目の当たりにして、有機水銀中毒症の悪弊を糾弾するのは当然であったからである。僕も激しい憤慨を覚えたものであった。あった、ではなく、現在も係争中である。腹立たしいことに。  この目の当たりに出来る悪弊とは別に、奇跡... ...続きを見る

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2008/08/26 11:05
米について、少々。
 食料自給率39%の日本で、政府の減反政策にも拘わらず米余り現象が続いているそうだ。最近では外国産小麦の値上がりで米が見直され、米で出来たパンも売れているそうだ。家畜の飼料にも古米が使われているそうで、少し前までは考えられなかったそうだ。今年は猛暑が続いたが、どうだろう、稲作の出来は良いのではないだろうか。  史説によると、日本人の食生活は、縄文時代までは自然物雑食時代といわれ、主食、副食の区別はなかったが、やがて稲作が始まり、ここで初めて主食と副食が区別されだした。主食は米であり、他の動植物... ...続きを見る

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2008/08/25 09:42
虫の声
 このところ朝晩涼しい。このまま秋の涼しさに移るのは、かえって不気味で、おそらく猛暑が巻き返して来るだろう。  夜半テレビを消してボーとしていると、虫の声。何の虫かは分からないが、秋を告げる声だ。コオロギかも知れない。何の虫か分からないのが普通で、かつては秋に鳴く虫を総称して「蟋蟀」と言った。これは、僕が虫の名前を知らないことの言い訳で、この難しい漢字は今では「コオロギ」をさす。鳴く虫はコオロギ科とキリギリス科に大別されるそうで、前者には蟋蟀、鈴虫、松虫、草雲雀など、後者にはキリギリス、馬追、... ...続きを見る

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2008/08/24 10:40
五輪選手の活躍に寄せて
(ゲーテ『西東詩集』より) 時を短くするものは何か? 活躍。 時を耐えられぬほど長引かせるものは何か? 無為。 負い目をおわすものは何か? 執念深い待機。 利益をもたらすものは何か? くよくよ思案せぬこと。 ...続きを見る

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2008/08/23 10:26
(今朝は涼しいが、)謹啓、酷暑ノ候、
『ふるさとの風や』より ...続きを見る

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2008/08/22 09:47
予想される科学技術
(或るIT企業による予測より抜粋) ...続きを見る

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2008/08/21 09:46
ヤマアラシ・ディレンマ
 人間関係をうまく続けていこうとするとき、場合によっては様々な軋轢が立ちはだかる。そんな時どうすればいいのか。  二匹のヤマアラシが寒さのなかで、身を寄せ合って温めあおうとしていた。ところが、ヤマアラシは背中から尻尾にかけて鋭い長いトゲが生えているので、密着しすぎると傷つけあってしまう。しかし、痛いからといって離れてしまうと寒くて凍えてしまう。そこで、くっついたり離れたりしているうちに、あまりひどく傷つけず、適度に温めあう、程よい距離を発見した。  これは心理学者がよく用いる逸話で、元は19... ...続きを見る

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2008/08/20 09:39
水問題
 (雑誌の記事から)京都・滋賀・大阪で開かれた世界水フォーラムで、子供たちによる「世界子ども水フォーラム」が試行された。途上国を中心に、世界各地の32ヶ国から109名の子供が参加した。専門家や研究者の報告よりも、切実な生活問題として今の世界の水をめぐる最も「豊かな国」と最も「貧しい国」の対比がきわだった。  多くの途上国では生活の水は人力で運ばれる。例えば、内戦中の国々では、水汲みに何キロも歩かねばならず、途中で帰らざる人になる場合もある。バングラデシュの学校では1200人にトイレは一つしかな... ...続きを見る

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2008/08/19 10:31
ドジョウ
 僕が子供も頃、川でハヨやウグイなどを捕って遊んだが、竹モジを一晩川底に仕掛けておくと、ドジョウがよく捕れた。捕れたからといって、食した訳ではない。食するのはアユ、ウナギぐらいのもので、他の魚は捕って遊ぶだけだった。  ところで、童謡「どんぐりころころ」の歌詞に出てくるドジョウは、水面で空気を飲み込んでは肛門から出すという動作を繰り返しながら、くねくねと動く。見ようによってはかなり変だ。それが「坊ちゃん、いっしょに遊びましょ」と言って池から出て来るというのは、少し異常感覚なのではないかとも思わ... ...続きを見る

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2008/08/18 09:15
『死』宮崎学写真集(再掲)
 この写真集に出会ったのは十年以上前である。一種の驚きを覚えた。今でも時々観る。自然死した鹿や狸、カモシカなどの動物が腐敗していく様子を撮った、他に例を見ない写真集である。  僕らは死を単なる物質的な終息と考えがちである。「しかし」と宮崎さんは言う。  「私が撮影した自然の死は、新たな生命に引き継がれていた。自然の死によって生命は終焉するものではなく、連続するものであるということを、私は自然から学んだ。(註:死体は生き物によって食べられ受け継がれる。)  私たち日本人は、古来、死後は「その... ...続きを見る

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2008/08/17 10:28
芙蓉
 隣家の芙蓉が咲き誇っている。早朝、開花した芙蓉の淡い桃色の花には涼感がある。咲き始めてから時間が経つにつれて紅色が濃くなっていく。夕方には赤色に近くなっているが、既にしぼみ始めている。芙蓉の花の寿命は一日なのだ。木槿(ムクゲ)は芙蓉属に入り、色の変化は殆ど無いが、同じく一日の寿命である。  色の変化に興味を惹かれ、ものの本を開くと、芙蓉を詠んだ句が載っていた。  朝の芙蓉についての句。    白芙蓉暁けの明星らんらんと    (川端茅舎)    芙蓉咲きをみなら朝のいそがしき  (山本... ...続きを見る

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2008/08/16 09:56
戦後63年 いつまで戦後なのか?
 戦後63年、いつまで戦後なのか、戦後という言葉が有名無実になるのはいつか、と考える。答えは当分出ないだろう。日本国のみで出せる答えではないから。  (新聞記事「看看北京」より)  日本の選手が転ぶと、その度に観客席から歓声と笑い声が上がった。  遼寧省瀋陽で13日にあった北京五輪男子サッカーの日本―オランダ戦。中国人観客のほとんどがオランダを応援した。日本人サポーターの声援をかき消すような失礼なブーイングを激しくうならせる。  スポーツじゃないか。なぜ、そこまで日本への嫌悪感をあらわに... ...続きを見る

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2008/08/15 08:19
「武器をおろそう」
 4年前の8月のアテネ五輪開幕が迫るなか、現地で「五輪休戦」を訴える声が盛んになった。古代オリンピックは、都市国家間の争いを停止する「平和の祭典」だった。大会が発祥の地に戻るのを契機にし、平和を目指す五輪に立ち返ろうと、そして「もう武器をおろそう」とアテネ市長は呼びかけた。  五輪期間中の休戦は、93年の国連総会で賛同する決議がなされ、国際オリンピック協会(IOC)も以後、五輪のたびに訴えてきた。2000年には、IOCが国際オリンピック休戦センターを設立、アテネに事務局を置いた。  アテネ市... ...続きを見る

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2008/08/14 11:24
『玩草亭百花譜』
 残暑、残暑。今夏は例年にも増して暑い。この暑さ、いつまで・・・。  故福永武彦の画文集『玩草亭百花譜』を気の向くままに見る。この作家が死の直前まで描き続けた野の花の写生集である。  ナデシコ、オミナエシなどの絵がある。信濃追分を吹く風の音が聞こえてくるようだ。林道に咲くマツムシソウもクサアジサイも不思議なほどの清澄さを醸している。野の花を友にした著者は、スケッチに心を遊ばせ、小さなものの命を見つめることで肉体の苦痛を逃れることが出来たらしい。一枚一枚の絵には、野草の生命力に対する憧憬が感じ... ...続きを見る

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2008/08/13 10:45
イシダイとイシガキダイ
 釣りの好きな人の為に、刺身となって夏の食卓を飾るイシダイとイシガキダイについて本から得た薀蓄を少し。  イシダイ科は、日本近海にはイシダイとイシガキダイの二種がいる。前者は体側に太く黒い横縞を7本もっている。後者はその名の通り石垣模様の斑点をもつ。ただし、イシダイの特徴的な縞は老成魚になると殆ど消える。  また、イシダイの成魚は口の周りが黒くなるのでクチグロとも呼ばれ、イシガキダイは口の周りが白くなってクチジロと呼ばれることから区別できる。両者はかなり近い種なので天然交雑したとも推測され、... ...続きを見る

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2008/08/12 09:36
『ふるさとの風や』より
 中西 熊吉(昭和18年2月21日、中支にて戦死。26歳) ...続きを見る

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2008/08/11 10:50
長沼 健さん
 6月2日に77歳で逝去された元日本サッカー協会会長の長沼健さんについての記事が8日の夕刊に載った。  「「お別れの会」では、1千人もの人々が列を作った。相手を優しく包み込む温厚さと、私心を厳しくいさめた潔癖さと。 老若を問わず、誰もが「健さん」と慕い、周囲に自然に人の輪ができる人だった。300人を超える一般のサッカーファンたちが参列したことが、その人柄を物語っている。」  長沼健さんについては、やはり新聞記事でだが思い出がある。02年8月6日の夕刊から。  サッカーW杯日本組織委員会副会... ...続きを見る

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2008/08/10 09:37
長崎「平和宣言」
(毎年の長崎「平和宣言」を記録しておくことを徒然想の責務と考えている。) ...続きを見る

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2008/08/09 11:40
核廃絶へ
(新聞記事より)  今年の「平和宣言」で広島市長は米大統領選について異例の言及をした。「米国は最も影響力のある核超大国。新大統領が耳を傾けるかどうかは重要な要素」。一国の政治にここまであからさまに触れたのは初めてのことだ。  9日に「原爆の日」を迎える長崎市は、米国のキッシンジャー元国務長官らが、非核世界の実現を訴えて昨年から2度にわたって公表した提言を「平和宣言」に盛り込む。元米政府高官の言葉を盛り込むのはやはり初めてだ。  「最大の核保有国である米国で実際の核政策に携わった人々から声が... ...続きを見る

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2008/08/08 10:54
書き残したこと
 7月5日に「黒い雨」について記した。黒い雨が放射能をどれぐらい含有しているかを精密に析出したのは日本の科学者であったが、その途中で、アメリカの科学者たちも多大の関心を寄せた。アメリカは、黒い雨の染み込んだ壁をもった日本の科学者たちを招待し、協同研究をした。何故アメリカが強い関心を示したのか。「核の冬」という言葉がかつてあった。「核の冬」とその後にどんな気候の変化があるかを知りたかったからである。地下実験では黒い雨は降らない。そこで、現実に降った黒い雨の状態から気候の変化を知ろうとしたのである。... ...続きを見る

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2008/08/07 09:59
広島「平和宣言」
(毎年の広島「平和宣言」を記録しておくことを徒然想の責務と考えている。ホーページのURLが変わらざるを得なかったので、残念ながら昨年までの記録は残っていない。) ...続きを見る

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2008/08/06 10:12
原爆下の本因坊戦
(以下はサーバーがダウンして消失した最初のホームページに記したことがある。)  第二期本因坊戦の第二局が、広島の材木町(原爆ドームより少し川べりで川下)で昭和二十年八月の四、五、六の三日間を費やして打たれた。この日に設定されたいきさつは省く。戦争末期の故いたしかたのないことだったらしい。  本因坊橋本宇太郎に対するは岩本薫八段。三日目、涼しい内にということで早めに打つことになった。昨日までの碁を並べようとしたときに空襲警報が鳴る。しばらく待つ。空襲警報が解除になっているのに、一機だけ飛行機が... ...続きを見る

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2008/08/05 09:28
1999年8月6日広島にて
 僕はこの年初めて原爆死没者慰霊式並びに平和記念式に臨んだ。遅きに失したが、学ぶところが多かった。平和については学ぶのみである。その時の「平和宣言」の冒頭部分を復習しておく。  「戦争の世紀だった20世紀は、悪魔の武器、核兵器を生み、私たち人類はいまだにその呪縛から逃れることができません。しかしながら広島・長崎への原爆投下後54年間、私たちは、原爆によって非業の死を遂げられた数十万の皆さんに、そしてすべての戦争の犠牲者に思いを馳せながら、核兵器を廃絶するために闘ってきました。  この闘いの先... ...続きを見る

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2008/08/04 10:45
ホモ・モビリタス
 移動するヒトという意味。自然人類学者によれば、猿人、原人、人類と変化して、現在の人間が生まれたとのことである。そしてまた、人間の進化の過程には、現生人が脱アフリカと脱アジアという二つの大移動があった。とりわけ、モンゴロイドを中心とする脱アジアによって生活圏が著しく拡大した。今から五万年前の最後の寒冷期の頃である。ユーラシア大陸の東部に分布していたモンゴロイドが、極北アジア、アメリカ大陸、南アメリカの最南端のホーン岬(ここまでは地続きであった)に達し、そこから船を仕立ててオセアニアなど、それまで... ...続きを見る

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2008/08/03 11:08
鳳仙花
 隣家の玄関脇に鳳仙花が咲いている。この花は道端の小さな空き地などでよく見られる。強い日差しを浴びながら、それでも瑞々しさを失わない。白、うすもも色、紅、紫、様々な花びらの奥に、よく見ると、小さな蟻がかわりばんこにもぐりこんでいる。 ...続きを見る

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2008/08/02 11:19
『ふるさとの風や』より
 小林 真一(昭和二十年五月二十一日、ブーゲンビル島タリナにて戦死、37歳) ...続きを見る

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2008/08/01 10:47
書斎
 今はしっかりと整備され入館するのにもお金が要るが、僕が中学生、高校生の頃は表からでも裏からでもこっそりと入っても、別段のお咎めはなかった。そこは本居宣長の旧居、鈴屋である。そこの二階には、彼が日常使っていた書斎がある。その広さは四畳半。そこで大著『古事記伝』などを書き上げた。そこは完全に孤立した部屋だと言ってよいだろう。二階に上がる階段が取り外しできる仕組みになっていて、研究や執筆に入る時にはその階段をはずした。直ぐにはその部屋を離れることができなくなる訳である。疲れた時には柱に掛けられた幾種... ...続きを見る

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2008/07/31 09:46
彼はニヒリズムに陥るか?
 或る人にとって大切なモノゴトが無くなると、その人は欠落感というか虚脱感を覚える。この時、その人は多少ともニヒリズムに陥っていると言ってよい。失恋した時、大切な恋を失った状態にあるのだから、多少ともニヒリズムに陥っていると言ってよい。ニヒリズムの本性についてはもっと詳細に論じなければならない、と言う人もいるかもしれないが、今は措く。  掲示板に正月以来来訪されていない編輯狂氏がほぼ15年に及んで「アキレスが亀に追いつくか、追いつかないか」という問題にかかわずらっている限り、この問題への関心は彼... ...続きを見る

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2008/07/30 10:52

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